@donpy の覚醒したい日記【216】

日曜日です。おはようございます。

自問自答

毎日毎日、他人様のブログなどを読ませて頂いてふと感づいたことがあります。記事によって面白いと感じるものもあれば、そうじゃなく感じる場合があります。書いた人は同じなのに。

本人割引とでもいいましょうか。中の人を知っているからこそ記事の内容以上に脳内で膨らんでいるので面白いというのもあったりしますが、それは記事だけ読んでもわからないといいましょうか。得てして長くブログやってる方に散見される傾向です。もちろん、私も含めてですが。

例えばiPhoneアプリでも使いやすいアプリもあればそうでないアプリもあったりします。ここのワンステップ無駄だろとか、ボタン押しにくいとか。いわゆるUIの設計というやつなんですが、それはブログにも言えるのではないかと思ったりします。つか、アプリにしてもブログにしても、「使われる」「読まれる」ということが大前提なんですよね。

自分にとっては以前に書いた内容というものは、何度も書くのは億劫です。しかし、今日この瞬間に自分のブログにはじめて訪れた方もたくさんいらっしゃるわけで、それを説明するために便利なのがリンクです。それをなくしてはブログ内で展開されている続き話的なものは受け入れがたいものになるのではないかと思ったりもします。ときに、

リンクを貼り付ける意味を持たせられている記事には深みがあり面白いなと思った次第です。

リンクは単一の記事から時間的な軸を持たせたり、違った見解を見せて話題を多次元に広げたり、あるときは他人の考えすら簡単に含めることができます。そこで大事なことは、片っ端からキーワードに対してリンクを貼る行為ではなく、なぜ貼ったかについて言及することではないかということです。読者にとっては画面遷移ほどめんどくさいことはありませんし、そこはアプリと同じで、できればその画面内で完結させたいと思っているはずです。引用という手法の出番はそこにあるわけですよね。

冒頭に「本人割引」と書きました。本人割引で面白い記事というのも確かにあるわけで、それは記事単体から読者が投稿者に対して、あらゆる知識経験に照らし合わせて脳内のリンクを辿ることで勝手に面白く感じさせられているということなのではないでしょうか?ブログを毎日読んでもらうことで意図しないサブリミナル効果が生まれるとでも言いましょうか。そういうことでさらに面白い面も確立されてきている方もいるということなのでしょう。最後に必ず釣ってくるブロガーもいるわけです。最後にどんな釣りがあるのだろうと邪推しながらブログを読むのも一興なわけですよね。

話はそれてしまいましたが、リンクを貼るということには意味があります。その意味をどれだけわかりやすく伝えることができるのか。生きたリンクを貼ることが自分の記事をさらに高める一番簡単な手法であると思います。

毎日右にあるものを左に流すだけの簡単な仕事を生業とするリンク貼り職人としては自問自答したくなるわけです。今日も元気にリンク貼りまくります!

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