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@donpy 通信【343号:2012/02/21 随時更新】

   

今日はちょっとテンション高めでお送りしております。ぃぇぃ! @donpy どえーす。(ドSではない)← このへん

ガレリアンルーペを買いました。

ちょっと前に「ガレリアンルーペ」なるものを買いました。ひとり開封の儀とかやってました。写真もいっぱい撮りましたが自己満足なだけなので1枚だけ貼っておきます。

DSC_3743.JPG
DSC_3743.JPG Photo by donpy

ゴーグルの前に双眼ルーペが装着されていて、その上に、40,000 LUX の LEDライトが装備されています。倍率は x2.5 を選択してみました。こんなもの何に使うかは、単純に「見えないものを見えるようにするため」だけであって、具体的なお話しは必要ないかと思います。

実際「いいもの」を買うとなりますと20万は下らない代物なんですが、台湾製ということもありまして、破格の3万切り。人柱的な意味もあって買ってみたわけです。どれくらい見えるかと言いますと、指紋の溝に挟まったゴミまでくっきりと見えます。毛穴の中まで見えます。いやーいやらしいわ。そういう話ではなくて今日は少しだけマジメにお話しをば。

人って「見えるもの」と「見えないもの」それぞれに対して敏感な動物だと思います。見えるものに対しては優しくなりますし、余裕ができます。対して、見えないものに対しては探ろうとし、警戒心すら抱きます。でもその根源は「見えないもの」を「見えるようにしたい」という気持ちです。だから探るのです。

今見えていることが全てだと思っていても、ひとつの道具の力を借りることでそれはまた違った世界が見えるわけです。ほんと気持ち悪いくらいにね。だから道具を使うのです。でももし、そんな道具の存在すら知らなければずっと見えないままの世界かと思えばそうとも限らないのが面白いところですが。道具というものも絶対ではないということだと思います。

だけど、他人にとっては自分がどれくらい見えているかわかりません。

自分が見えているものは自分にしかわからないから。

だからこそ、「自分はまだまだ見えていない(のかも)」と思うより他ないわけです。なので「もっと見たい」「もっと見えたい」と思い、できる限りのことはしてみようと思うわけです。結局自分のできることは「見えている範囲」でしかありません。冒頭にガレリアンルーペをもってきたからと言ってそれは視覚的にと限定されることでもないと思うのです。

その結果、見えなかったものが見えた時の感動はありません。でもそれは他人には知るよしもありませんし、どんなに巧みな言葉で伝えても相手には理解されないでしょう。見えるのは「自分」だけなんですから。

大事なことは、その見えた世界にはまだその先の「見えないもの」が必ずあることです。もしかすると「見える」ようにする努力することはその先の「見えないもの」を認識するためなのかもしれません。

そうやって、あらゆる手段を使って「見えないもの」を「見えるよう」にし続けることで人は成長していくんだと私は思います。

最後に、その手段のひとつとして「道具」があるんだなと思ったわけです。ですが、それはあくまで手段のひとつに過ぎない。それを忘れてはいけないと思います。ですから道具がすべてじゃないと思うし、デジタルが全てだとも思えないわけです。そこにいる自分こそがこの先も決してシェアできない唯一の存在であることを自覚しなければならないなと考えています。

※ 今回は「見える」をキーワードにしましたが、これを例えば「分かる」に置き換えてみても面白いと思います。

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